アンカリングを用いた交渉術と見積もりへの応用

「アンカリング」とは、先に与えられる情報をベースに意思決定してしまうことを指す心理面の現象のことであり、心理学の用語です。
この現象は交渉の場面で役に立ちます。
先に厳しめの要求を出すことで、その要求をベースに交渉を進めることができます。
厳しめの要求を出した後、相手に合わせて譲歩するのですが、厳しめの要求をベースに譲歩をすることができるので、こちらが飲めるギリギリのラインよりもこちらにとって有利なラインで交渉を成立させることができます。


ITシステム開発の受注者としては、工数の見積もりの場面で応用できます。
工数を正確に見積もることができる案件であれば正直に見積もりを出せば良いのですが、不確実性がありそれが難しい案件ではある程度のリスクバッファが必要になります。
「不確実性コーン」と呼ばれる有名な研究成果があるのですが、最も初期の段階では見積もり工数に±4倍のブレが発生します。
(詳しくは、「見積もり概論」社内勉強会用のパワポの3ページ目を参照して下さい)

そこで、リスクバッファを確保するために、交渉で工数が削られることを見越して多めの工数で見積もるということをします。
(最低でも、不確実性コーン上での最悪のケースを想定した工数で見積もりを行った方が良いです)
発注側が想定している工数から4倍以上も離れている場合は流石に工数を削るように要求されることが多いのですが、その場合はお互いに考えている要件や工数をすり合わせた上で、要求を満たすのに最低限必要な要件と、それに基づいた工数が決まることになります。
始めに多めの工数を出しておくことで、その結果として平均的な工数よりも多めの工数を確保できることが多くなり、リスクバッファを確保しやすくなります。

なお、多めの工数を出す理由としては「楽をしたい」「儲けたい」といった理由ではなく、あくまでもリスクバッファの確保なので、開発者が開発期間の長さに安心して平時からリスクバッファを食いつぶすようなことがあってはなりません。
そのため、開発者には逆に厳しめのスケジュールを伝えて、スケジュールの調整をしたりします。そうすることで、スケジュール的な余裕が生まれ、不測の事態が起きた時に取れる選択肢が広がります。


いかがでしたでしょうか。

今回紹介したような手法は多くの経験者が実践していることだとは思いますが、形式知として広まることは少ないかもしれません。
形式知として広まっていない以上、知らない・実践していない方がいても不思議ありません。
そこで、心理学のような学問の知見を借りることで、手法を形式知として表現することが容易になり、手法を広めやすくなります。

これからも、多くの人が知らず知らずの内に使っている手法を形式知として広める、ということをしていきたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA